すべての出来事はあなたからのメッセージ

前に踏み出すあなたの力になりたい。ライフコーチのTomoです。魂の成長からの視点で、出来事を見ることで人生がどんどんかわっていきます。気付きと手放しのヒントをお伝えします。

夢を叶えると不幸になる?

夢を叶えると不幸になる?
 
 
 
小さい頃から、大きくなったら何になる?
といつも聞かれませんでしたか?
 
 
幼稚園では、将来の夢を絵に描かされたり、
小学校では、夢を叶えた偉人伝を読んだり、
 
 
 
大きくなったらお嫁さんになる!
大きくなったらお医者さんになる!
大きくなったらお花屋さんになる!
大きくなったら大工さんになる!
大きくなったらサラリーマンになる!
大きくなったらパイロットになる!
大きくなったら宇宙飛行士になる!
大きくなったら、、、、、
 
 
 
誰だって抱えきれないほどたくさんの
夢を持っていたことでしょう
 

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Tomoさんの小さい頃、
毎週、家に遊びに来る看護婦さんがいました。
当時はまだ看護士というボーダーレスなときではなかった。
看護婦とは女性がなる職業でした。
 
 
 
小学生くらいの女の子にとって、
看護婦さんは夢の塊のような存在でした。
 
 
 
白衣の天使。
ナイチンゲールのような偉大な思い。
無償の愛で看護する素晴らしい存在。
女性の中の女性。
難しい勉強を乗り越えた人。
人を救う誓いを立てた人。
 
 
 
その他にも憧れる要素がたっぷりありました。
 
 
 
でも、家に遊びに来るその看護婦さんは
いつもいつも愚痴ばかりを言っていました。
 
 
 
その看護婦さんは産婦人科勤務でした。
「何でこの私が新生児の面倒を見なきゃならないのよ」
「新生児なんてかわいいとも思えない!」
「あーあ、あと何年我慢しなくちゃいけないのかなあ」
小児科は嫌だ
集中治療室は嫌だ
眼科は嫌だ
老人は嫌だ
 
 
 
嫌だイヤだのオンパレードだったんです。
 
 
 
それを聞いていた当時の少女ともさんは
長年の夢を叶えた看護婦さんは
みんな不幸になってしまうのか!と、
バチーン!と潜在意識に入ってしまったのです。
 
 
 
それからは、夢を描くときにはその看護婦さんが出てきて
こんなふうにいつも怒っていたり
文句を言う姿がフィルターになりました
 
 
 
お花屋さんになりたい!
でも、、、、お花屋さんになっちゃったらどうしよう(。>д<)
 
手は荒れるし、水仕事はキツいし、嫌なこともあるから、
やめた方がいいよ(看護士の囁き)
 
 
 
デザイナーになりたい!
でも、、、、デザイナーになっちゃったらどうしよう
 
ライバル争いが醜いし、デザインのこと文句を言われるかもしれないし、
仕事キツいからやめた方がいいよ(囁き)
 
 
 
パイロットになりたい!
でも、、、、パイロットになっちゃったらどうしよう
 
責任感で押し潰されるからイヤだな(。>д<)
カッコ良くなれるわけないでしょ、やめた方がいいよ(囁き)
 
 
 
本屋になりたいな
でも、、、、やめた方がいいよ(囁き)
 
洋服屋に、、、、やめた方がいいよ(囁き)
 
美術館員、、、、やめとけ、ばーか(囁き)
 
 
 
NASA 、、、、、、、とうとう狂ったな
宇宙関連でも、、、、マンガでも読んどけ、アホ
見に行くだけでも、、、オタクばっかりで頭痛くなるだけだぞ
 
 
 
夢のマイホームを、、、、近所付き合いで大変だぞ
暖かい家庭、、、、、、、同居は不幸だぞ
 
 
 
やめとけ、やめとけ!
夢を叶えると後々不幸だぞ!
ほら、
幸せな看護婦さんなんて存在しなかっただろう?
 
 
 
幸せなのはテレビの中だけで、
あんなのは存在しない虚像だよ
 
 
 
こんな観念(世の中の見方)を身に付けてしまった
(本当は看護士さんのせいでは無いんです。
自分がそう観念付けてしまった(。>д<)
ごめんなさい‼)
 
 
 
 
自分の両親を見て、
親しい人の話を聞いて、
テレビのドラマやニュースを見て、
ママだちの噂話や会話を聞いて、
パパたちの会社員を見て、
 
 
 
幼心は潜在意識に刻み込むのです。
 
 
 
魂の探求を始めて、
魂の成長の仕組みを知ってから
やっとこのフィルターがあることに気が付きました。
 
 
 
このフィルターを外して
ポジティブなフィルターに代えて
フォーカスするところを変えてみると、、、
見えてきた、いままで見ていないところに存在していた、
夢を叶えて幸せな看護士さんたち。
 
 
 
医療の先を見て、
心のケアも取り入れながら看護をしたり、
 
病院勤務では出来ないケアで
病気予防のヒーリングを開業したり、
 
 
 
夢を叶えて、幸せそうだ(*^.^*)
 
 
 
とりあえず、こんなことを言ってみよう!
 
なーんだ!
夢を叶えても不幸にはならないじゃん!
 
 
そもそも、好きなことをしているんだから
不幸になっている訳じゃないんだ!
 
 
 
看護士さんは、
夢を叶えた凄い人なんだ、やっぱり!
 
 
 
お嫁さんになった人も凄い人!
本屋さんになった人も凄い人!
お花屋さんになった人も凄い人!
専業主婦になった人も凄い人!
サラリーマンになった人も凄い人!
大工さんになった人も凄い人!
遊び人になった人も凄い人!
みんな凄い人!
 
 
 
文句を言うのをやめればいいんじゃない?
 
 
夢 イコール 好きなこと
 
 
好きなことをやるときに文句や苦情は要らないよね
セルフドリームキラーはおしまいにしましょう
 
 
 
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ノートに見えるけど実はMacBook Air(笑)

サイレントマジョリティーのすすめ

世の中には悲しんでいる人を
更に叩く人たちがいる
その人たちの声は大きくて暴力的だ。
 
 
 
でも、その後ろにはたくさんの
本当の理解者がいる
その人たちの声は小さいが優しい。
 
 
 
愛無く叩く人がいるから
愛で包む人の有り難さが分かる。
 
 

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先日、ネットニュースでは
奥さまを亡くされたばかりの海老蔵さんが
子供たちをディズニーランドに連れていったというだけで、
不謹慎だといって炎上していたというのがありました。
 
 
 
私が伴侶を亡くしたとき、子供はやっと7歳になったばかり。
まだまだ甘えたい盛り、遊びたい盛りです。
いつまでも家に閉じ籠っている訳にもいかない、
喪服を着ている訳にもいかない。
 
 
 
人のたくさんいるところなら
悲しんでいることも出来ないだろうと思って、
ディズニーシーへ遊びに行きました。
 
 
 
子供はやっと楽しんでもいいよという許可でも降りたかのように
飛び回り楽しんでいました。
 
 
 
ディズニーを案内してくれるツアーでは、
おとうさんが亡くなったばかりということは伏せて参加しましたが
キャストの優しい心遣いや一生懸命に案内してくれて
心から楽しませてくれようとしている姿に
どっと涙が溢れて、ショーの間中、ずっと泣いていました。
 
 
 
 
 
SNS が生活に入り込んで
私たちの情報はTVからではなく
スマホという小さな世界に移りました。
 
 
 
今まではメディアからの一方的な批判ニュースを
ただ眺めてメディアのいう通りに鵜呑みにしてきました。
 
 
 
メディアが視聴率のために
人の不幸があったときは真っ先に
悲しんでいる人を叩きまくり、
視聴者も嬉々としてそれに乗り
噂話に一喜一憂していました。
 
 
 
スマホという小さな世界に移行してからは
メディアの情報の作り方に対して疑問をもち、
小さいながらも声をあげるようになっていったのです。
 
 
 
声の大きな暴力的な批判というのは少人数ですが、
渦中の人にとっては命を落としかねないほどの威力があります。
 
 
 
対して、小さな声の優しい勇者たちは数多くいます。
優しいが故に、目立たなくて見つけ出せない存在でした。
 
 
 
渦中の人にとって、キズ付き生きることも苦しくなってきた頃に
やっと現れてくれる勇者たちから、
勇気づけられ成長していくことが出来ます。
 
 
 
家族が亡くなると、関係のない人がしゃしゃり出てきて
なにかと正論ぶったことや心無い噂話に傷つけられています。
芸能人だけではなく、一般的にも、
大人にも子供にも当てはまります。
 
 
特に子供たちは
大人の言葉を真似して
そのままコピーしたかのように
人を傷つける言葉をしゃべってしまうので、
悲しみに暮れる人にとっては
二重のショックを受けてしまうことになるのです。
 
 
では、
このまま悲しんでいなければいけないのでしょうか?
 
 
 
答えは
人の許しをもらう必要はないのです。
 
 
許されないと思い込んでいるから
心のモヤモヤが晴れないということもあるのです。
 
 
それならば
このネガティブマインドを手放す時期ととらえて
ポジティブに書き換えてしまうことが出来るのです。
 
 
 
傷つけられ、落ち込んだ状況だからこそ、
人は乗り越えるチカラを振り絞り、
一歩前に踏み出すことが出来るように成長していきます。
 
 
 
醜いことにであったのなら
美しいものの有り難さが分かる。
自分の内面の美しいものにフォーカスし続けたら
醜いものが自分の前から消えていく。
 
 
 
傷つけるものに出会ったのなら
優しいものに出会う有り難さが分かる。
自分の内面の優しいものにフォーカスし続けたら
傷つけるものが自分の前から消えていく。
 
 
 
闇の中にいるように感じるのなら
明るさの有り難さが分かる。
自分の内面の明るさにフォーカスし続けたら
闇が自分の前から消えていく。
 
 
 
悲しいくて笑えないと感じるのなら
笑顔でいることの有り難さが分かる。
自分が持っている笑顔にフォーカスし続けたら
悲しいのものが自分の前から消えていく。
 
 
 
もうノイジーマイノリティーへのフォーカスは
止めてみてはどうかな?
 
 
 
今は小さい声だけれども、
いずれは大きな勇気に変わっていくことを信じて。
 
 
 
 
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可愛いを受け入れてみる

前に踏み出すあなたのチカラになりたい。
出来事はあなたからのメッセージ。
ライフコーチのTomoです。
 

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出典Pinterest
 
 
 
ちょこっと自問してみたの、無謀にも。
 
 
そうしたら面白い出来事が起き出した。
 
 
 
知らない人から突然、
「声が可愛いですね」とか
 
 
知り合う人からは
「遠くからでも元気な声が聞こえて、幸せな気分になるよ」
「優しそうな感じで、こちらもホッとするよ」
「大丈夫!とか言われると、ホントに大丈夫な気がしてくる」
「笑ってもらえて楽になる」
 
 
 
こちらから聞いたわけでもないのに
誉められることが多くて、ムズムズするくらいなんです。
 
 
 
「こんな可愛い声をくれたご両親は偉いわねー。
声ばかりは整形も声質も変えられるもんじゃないし、
ホントに幸せねー、あなたは」
なんて突然知らない人に言われたりしてビックリしました。
 
 
 
可愛いと言われても、
可愛いハズ無いと否定して、
 
 
 
声がいいと言われても、
ウソだろっ(; ・`ω・´)って怒って、疑って
 
 
 
小さい頃から自分の声が嫌いで、
今も自分の頭に直接響いてくる声が
母親の声に似ていて驚くときがあるの。
 
 
嫌だなーって思っていた。
ぜんぜん幸せじゃなかった。
 
 
 
 
それがこんなにもみんな
口を揃えて「可愛い」と言うんだもの。
 
 
 
私がどんなに否定しても
これでもかっ!って言うくらいに
可愛いとか優しい人とか
愛とか思いやりの人とかって
言いやがるんだ!
(ちょっとキレ気味)
 
 
 
なのに
星占いでも、
オラクルカードでも、
友だちも、
通りすがりの道を尋ねた人までも、
どんな手を使ってでも納得させようとする
存在がいるんじゃないかな?って思う。
 
 
 
もうね、ここまで来ると観念しないと。
 
 
 
抵抗すればするほど、
神様ってやつや波動ってやつは、
本人が納得するまで出来事を起こしてくるからね。
 
 
 
うん、それ知ってるわ
 
 
 
そろそろ観念して受け入れないと
何が起きるか怖いかもね。
(ちょっと期待し始めている?)
 
 
 
 
追伸
私が小さいときに
母も優しい声であやしてくれたのかな?
そして息子くんも優しい声でしゃべるから
やっぱり伝わっているのかな?

自分に質問をしていますか?

やりたいことが分らないという人は
自分に好きなことの質問をしていないとか、
やりたいことを世間の常識や周りの人から
「そんなことがやりたいことなのか?」
とか否定されたことかもしれませんね。
 
 
 
前に踏み出すあなたのチカラになりたい
すべての出来事はあなたからのメッセージ
ライフコーチの西川ともです。

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私は何が好きなんでしょう?
私は何をやりたいんでしょう?
何をやったら嬉しいんでしょう?
何をしているときが幸せに感じるんでしょう?
 
私の持っている才能を
どうやって使ったら幸せなんでしょう?
誰といるときが幸せなんでしょう?
何処に行くときがワクワクするんでしょう?
 
私の心にはどんな豊かさを持っているのでしょう?
心の豊かさをシェアすることはできるんでしょうか?
 
 
 
こんな自問自答をしていた。
少しずつ答えが見つかる出来事が起き出した。
 
 
 
 
先日、大好きなお友だちであり、
同期であり、
気になる存在の理恵ちゃんと、
深~く、深~くお話しをしてきました。
 
 
 
お話しを進めて行くうちに、
理恵ちゃんは次々に自分自身を解き放ち、
 
目まぐるしく表情をくるくる変えながら
ぎゅっと縛り付けていた翼を伸び伸びと広げて
 
今にも飛んでいきそうなくらいに
晴れやかになっていました。
 
 
 
理恵ちゃんは過去には縛られたくない
未来思考の明るい女性。、
でも本来の明るさを出すことに
カギをかけていました。
 
 
自由とポジティブさを許したことで、
過去の出来事さえも
書き換えることができたようでした。
 
 
理恵ちゃんに初めて会ったときは、
ちょっと近づくのが怖い感じがしたんだけれど
(理恵ちゃん、ごめん)
 
表情に正義感とか、
役に立たないやつはぶった切る感みたいな(笑)
 強い強い意志を持っているような。
 
 
 
魂の方向性や素質のようなものを
話をして行くうちに
 
 
 
理恵ちゃんはあと一歩で
次の段階に行けるんじゃないかと確信して、
そう想いながら話をしていました。
 
 
そんなあとちょっとのところで
頑張っていた理恵ちゃんのことを
大丈夫だと確信しながら思いを馳せる日々が、
 
 
この上なく幸せで、
大好きなことだと
気が付きました。
 
 
 
そして
前に進もうと決心した人は
この上なく美しくて、
応援してあげたい存在です。
 
 
 
つまずきながらでも立ち上がり、
前を見据える人のことに
思いを馳せるということは、
なんて幸せなひとときでしょう。
 
 
 
つまずいて泣いているなら
私の引き出しを引いてみてください。
 
 
 
私の持っている引き出しは
あなたが引っ張らないと開きませんから。
 
 
開いた引き出しの中には
 
優しい言葉が入っていたり、
叱咤激励が入っていたり、
頑張れが入っていたり、
つまずく石ころをどかすトリセツが入っていたり、
もう飛び立ってもいいよが入っていたり、
 
 
 
でも、どの引き出しの中にも
”大丈夫だよ”
一緒に入っています。
 
 
 
理恵ちゃんは
たくさんの引き出しを開けてくれました。
 
 
 
もちろん、私が持っている、
私のための”大丈夫だよ”も開けてくれました。
 
 
大好きなことをお話しても大丈夫だよ。
 
楽しんで笑ってばかりのセッションでも大丈夫だよ。
 
美味しいものを食べながら
魂のことを話しても大丈夫だよ。
 
自分のやりたいやり方でやっても大丈夫だよ。
 
経験という財産はシェアしても
減らないから大丈夫だよ。
 
踏み出したい人は
きっと見つけてくれるから大丈夫だよ。
 
 
 
いろんな大丈夫を引っ張り出してくれました。
 
 
 
まだまだ大丈夫が入っていそうです。
 
 
 
その出来事はあなたからのメッセージ
物語の主人公はあなた自身だということを
思い出してみませんか?
 
 
 
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立ち止まっている場合ではない

春もうららかな小田原に
旦那さんのお墓参りに行ってきました。
 
 
お寺の境内は
本当に時が止まったように
静かで
 
 
旦那さんの名の刻まれたお墓までは
 
 
周りのものはすべてぼやけて
まるでフォーカスを集中させたように
一本の道の先の一点しか見えませんでした。
 
 
聴こえてくるのは
何も騒音の無いところにさえずる小鳥の声と
木々を渡る風の音
 
 
何回、こんなシチュエーションを繰り返しただろうか?
 
「未熟だから何も言えなくてごめんね」
 
 
掛ける言葉が見つからなくて
無言のまま立ち去ることが常でした。
 
 
ここへ来るまでの間、
何か言おうといろいろ考えてきたけれど、
いつも何故だか何も言えなくなる。
 
 
あの人は
こんなお墓の中でじっとしている人ではないし、
いつも人と人の間を飛び回っている
そんな存在だったから
 
 
お墓の中で誰かが来るのを
じっと寝て待っているような人ではないし。
 
 
そよぐ風、小鳥のさえずりそのものが
あの人なんだと思う。
 
 
何故だか
私はいつもあの人のことを語ろうとすると
涙で言葉が詰まってしまう。
 
 
自分の歩いてきた人生を語ろうとすると
どうしてだか言葉が詰まってしまう
 
 
悲しいとか
悔しいとか
後悔しているとか
寂しいとかという感じではなくて、
 
 
ここまでどうにか歩いてきたんだ。
 
 
窮屈な靴を履きながら
足が痛い思いをしながら
時々、石につまずきながら
 
 
ここまでどうにか歩いてきたんだ!
 
 
子供の頃からずーっと
一生懸命に歩いてきたんだ。
 
 
あの人が亡くなってからずーっと
一生懸命に歩いてきたんだ!
 
 
だからわたしは
今ここにたどり着いた
 
 
ここにいることに涙が出るんだ。
 
 
一歩一歩、歩いてきたから
ここにいるんだ。
 
 
きっと旦那さんも同じなんじゃないかって
そう思う。
 
 
生まれ変わり死に変わりながら
お互いに相手の死を乗り越えてきた。
 
 
何世代もの時をかけて
少しずつ強くなっていったんだ。
 
 
だからお墓の前で、
会ったこともない先祖さんたちに
図々しくお願い事なんてしない。
 
 
亡くなったとたんに
執着心と依存心を出して
欲しいのもをお願い事をしたりしない。
 
 
亡くなったとたんに
なくなる前にはしなかったような
恨みがましいことや思い出の話を
わざわざお墓の前で
するようなことはしない。
 
 
安らかに眠っていてくださいなんて
わたしは言わない。
眠っている暇なんて無いでしょ!
 
 
 
あの人もきっと
一歩一歩歩いているはずだから
もう、立ち止まっている場合ではないんだ!
 
 
「お互いに頑張ろうね」
 
 
境内には
梅と桜が寄り添うように並んで咲いていました。
 
 
過去と未来が一緒になったような現在の
象徴のように感じました。

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私からのメッセージに気付いた、そして、、、

前に踏み出すあなたの力になりたい。
すべての出来事はあなたからのメッセージ。
ライフコーチのTomo です。
 
 
前回の写真のチカラpart2
 
 
私は写真が大嫌いでした。
物心付いた時にはもう写真に撮られるのが嫌で、
三歳の七五三の写真では
最高に不機嫌な顔で写っていました。
 
 
家族とは一人だけ違う方向に体を斜めに向けて
恨みがましい表情で写っていました。
(ほんの少しだけそのときの嫌な記憶が残っています。)
 
 
 
何を言われたりしたのかは覚えていないけれど、
きっと、写真が嫌いになるようなことは
言われたんだろうな。
 
 
 
そんな自分は、カメラには興味がありました。
 
 
自分は絶対に写りたくは無いけれど
撮影することは大好きだったんです。
理系女子なので、メカニズムも好きだった。
 
 
 
最初はジェット戦闘機が大好きだったので、
自衛隊基地や米軍基地に出掛けては
戦闘機やらを熱心に撮った。
(飛行機×カメラ)
 
 
 
友達と遊ぶときには
楽しそうな顔を撮影するのが大好きだった。
(友達×カメラ)
 
 
 
友人が結婚しだした頃は
花嫁のお支度から密着した撮影係
(花嫁×カメラ)
 
 
 
旦那さんもカメラが大好きで、
たくさんコレクションもしていたから
一緒にカメラ屋にも通った。
(旦那さん×カメラ)
 
 
 
子供が生まれてからは、
毎日毎日子供を撮影することだけが楽しみだった。
野山を駆け回り、
お花畑に出掛け、
青田を駆ける風を感じ、
雨上がりの水溜まりで一緒にはしゃいだ。
(我が子×カメラ)
(自然×カメラ)
 
 
 
楽しいこと、嬉しいことの側には
いつも一眼レフのカメラがあった。
 
 
 
でも、
旦那さんが亡くなって
生活も大変になって、
乗り越えるために
何もかも無我夢中に頑張らないと
いけなくなったとき、
 
 
 
カメラを手放した。
 
 
 
 
旦那さんを亡くした喪失感と
カメラを手放した罪悪感に
ずーっと
ずーっと
ずーっと
どうしようもなく無力を感じて
 
 
 
カメラが好きなことも
好きなものを好きなだけ撮る行動力も
自分が何が好きで何をやりたいかも
 
 
 
すべて封印してしまっていた。
 
 
 
 
 
今回の意を決して撮影してもらうまで、
あの大好きなNikon一眼レフに久しぶりに出会うまで、
あの懐かしいNikonのシャッター音を聞くまで、
 
 
 
カメラのことは
自分の好きなものの問いにすら
浮かんでくることはなかった。
 
 
 
毎日毎日、自分の好きなこと、やりたいことを
問い続け、答えを探していたにも関わらず、
カメラを手放した罪悪感や寂しさが、
自分の心が大切なものに気付くということを
拒み続けていたんだ。
 
 
 
旦那さんを亡くした陰で、
カメラを失って傷ついていた自分がいた。
 
 
 
撮影したときのもの悲しい表情は、
あやさんのNikon
カメラを失った私をとらえたのかもしれない。
 
 
 
そんな自分からのメッセージを受けとるために
神様というやつは
出会いを用意してくれるんだ!
 
 
 
写真が嫌いということと
カメラを手放した罪悪感という
コインの裏側を経験したからこその
 
 
カメラが好き、
好きなものを撮ることの面白さ、
幸せな時間を過ごす大切さ、
コインの表側では全部やっていい。
 
 
全部やれるってこと。
やらない理由が無くなるってこと。
 
 
天国の旦那さんも手放したカメラも
喜んで応援をしてくれるっていうこと。
 
 
 
 
 
 
 
しばらく行っていない旦那さんのお墓参り
明日、旦那さんに会いに行こうと思う。
 
 
長くなってごめん。
書く手が止まらない。
なんだかあったかい涙も出てくる。
 
 
この時期は涙が不意に流れても
鼻をすすっても気兼ねがいらない。
花粉という神様からの贈り物があるから(〃⌒ー⌒〃)ゞ
 
世の中、うまく出来ているよね。
 
 
ps.
Thanks  for  あやさん
 

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撮られることでやっと分かった自分からのメッセージ

前に踏み出すあなたの力になりたい。
すべての出来事はあなたからのメッセージ。
ライフコーチのTomo です。
 
 
 
私は写真が嫌いでした。
正確には、写真を撮られることが
大嫌いでした。
 
 
物心がついたときには
カメラを向けられると
大泣きしたり
拗ねて隠れたり
 
 
記念写真はいつもむくれていたので
小さい頃の写真は全然無くて、
いつしか親も写真を撮らなくなっていました。
 
なんか、寂しいけれど。
 
 
まん丸なあんパンみたいな顔立ち
絶望的に低い鼻
つぶらとは到底言えない小さい目
無口な口
何もかも父親と母親にそっくりでした。
あまりにも当然だけど。
 
 
美人とは反対の世界の住人でした。
 
 
自分のことを見つけないで欲しいと
思っていました、
つい最近までは。
 
 
 
自分を見つめるようになって
自分と仲直りをするようになって
思い込みのフィルターを外して
 
 
出来事を通じて自分を知り、
外に起きる出来事は、全部が大切な学びだと
感じるようになりました。
 
 
 
過去の大変な出来事も
自分を強くして、
人の言うままではなく、
自分の思う通りに生きていく学び。
 
 
 
不思議なことに、見えない力というのが
わたしが感動に包まれる気付きまで
用意してくれていました。
 
 
 
 
プロフィール写真を撮るために
写心家の喜島あやさんにお願いして、
自分を偽ることの無い写真を撮って貰いました。
 
 
 
相変わらずのあんパン顔
相変わらずの低い鼻
相変わらずの小さな目
そして少し緊張した笑顔
 
 
 
出来上がった笑顔のなかにも、
よく見ると悲しげな表情が混じっていたり、
気付かれまいと無理に笑ったり
していることに気が付きました。
 
 
 
写真と写真の間に垣間見える
頑張り過ぎてきた本当のわたしは
何を言いたいのだろう?
 
 
 
いままで本当に大変な出来事も
たくさん乗り越えて来ました。
 
 
もうだめだと思う出来事も
やっとの思いで乗り越えてきたんです。
 
 
 
そんな誰にもできないような体験を
乗り越えることを諦めてしまいそうになることも
あっただろうに、
諦めずいままで歩いていました。
 
 
 
そんな表情が、
あやさんが撮ってくれた写真に写っていたんです。
 
 
 
頑張ってきたことを
悲しみも乗り越えてきたことを
諦めずに生きてきたことを
 
 
 
そのことを
わたしは”わたし”に伝えるために
 
 
 
あやさんに出会うまでの
不思議な縁や出来事を
いくつか運んできてくれたんです。
 
 
 
写真に写る表情は、
シワがあるかもしれない。
シミがあるかもしれない。
勲章の傷かもしれない。
 
 
でもすべては自分が乗り越えてきた証し。
 
 
 
乗り越えることを諦めてしまっていたら
その勲章さえも嫌なものになってしまうのだろう。
 
 
乗り越える勇気を持たなかったら
自分のことも許せず
シミやシワも傷も
すべてを邪魔物にしてしまうのだろう。
 
 
 
 
 
撮影の最後の方では
メッセージを伝えきった満足からか
やっと可愛い自分がピョコンと出てきてくれました!
 
 
それがこの一枚なんです。
 
 

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この撮影には
もうひとつの気付きの贈り物がありました。
続きはまた。
 
 
 
喜島あやさんの撮影は
自分からのメッセージを受け取るための
大切な時間が体感できます。
こちらからどうぞ!